2025年8月28日
(1/2)危機管理対応の変遷と今後

危機管理は社内の「職人」の仕事だった
ビジネスの常識やトレンドが時代とともに変わっていくのと同じように「企業危機管理」も時代とともに大きく変わってきました。
もともと日本企業がどのように「危機」に対応していたのかというと、バブル期くらいまでは組織内にいた「職人」の役割でした。社長秘書や総務部のベテラン幹部などが、独自のコネクションやノウハウを駆使して問題解決に動いていたのです。彼らは日頃から経営者の「特命」を受けて秘密裏に動いたり、当時は企業のまわりに氾濫していた総会屋やブラックジャーナリストの対応を任されたりしていました。そうやってトラブルシューターとしての経験を積んだ人たちが、危機管理を一手に任されていました。
しかし、バブル崩壊を経てさまざまな企業の不正・不祥事などが続発、商法改正によって総会屋やブラックジャーナリストも排除されていくなかで、「危機管理は組織全体で行うもの」というトレンドが強まっていきます。きっかけは2000年の雪印乳業の集団食中毒事件です。
この企業不祥事の特徴は、工場長や幹部社員などがそれぞれ独自のノウハウや情報を有しており、各自が自力でこの「危機」を収束させようとしたことです。そのため、石川哲郎社長(当時)のもとにまったく情報が集まらず、記者会見で記者側に情報を教えてもらう始末。さらにマスコミに吊し上げられた石川社長が「私は寝てないんだ」と発言をしたことで大炎上。世論からも批判された雪印乳業は最終的に会社として「消滅」しました。
この衝撃的な企業不祥事を受けて、日本企業の間に「雪印の二の舞になるな」を合言葉に、組織的な危機管理をやるべきだという考えが爆発的に広まりました。具体的には、危機管理マニュアルを整備して、何か問題が発生した時に速やかに社内の情報を集めて一元管理できる体制を構築して、社長や役員は緊急記者会見トレーニングを定期的に行うようになったのです。
このように2000年代というのは、危機管理が職人的なベテラン社員がやる特殊技能から、組織構成員が一丸となって取り組む全社プロジェクトへと変わっていったのです。
とはいえ、そこで完全に日本の危機管理が「標準化」したのかというとそんなことはありません。実際に危機に直面した経験のある企業人ならばわかるでしょうが、現実はマニュアル通りに進みませんし、次から次へと不測の事態が起きるものです。そうなると、やはりどこが頼りになるかというと、危機管理方面で豊富な経験を有するベテラン社員です。つまり、現在の企業危機管理は、マニュアルや体制構築という標準化された対応を、職人的なノウハウでバックアップしている「二重構造」なのです。
「組織的危機管理」が生んだ2つの弱点
このような形でハードとソフトという両面から強化されたので、企業危機管理というものはかなり進歩したと思われる方も多いでしょうが、実はこのような形になったがゆえに新たな「弱点」も生まれてきました。まず大きいのは「標準化ゆえの融通の効かなさ」です。
危機管理を組織的に実行しようとするとなると当然のことですが「ルール」が必要不可欠です。このようなレベルの問題が起きたら、会社として速やかにステートメントを公表すべし、あるいは、これほど深刻な事態が起きたら問答無用で社長による緊急記者会見を開催しなくてはいけない、などの「経営判断」を組織的に行うには明確な行動基準を整備して、それを徹底しなくてはいけません。
しかし、先ほども申し上げたように、現実の「危機」は生モノですので、こちらの行動基準通りに事は進みません。つまり、ルールを守って行動をしなくてはいけないけれど、時には状況を見て臨機応変にルールを破らないといけないのが危機管理なのです。しかし、組織はそんなにフットワークよく動くことはできません。結果、どう見ても謝罪会見を開かなくてはいけない状況なのに、自分たちがつくったルールに固執して「沈黙」を貫いたり、その逆に会見など開く必要がまったくない問題なのに、危機管理マニュアルの取り決めにとらわれて会見を開催してかえって事態を悪化させたりして炎上する企業が続発するのです。これらの多くは、自分たちで決めた危機管理体制に縛られ過ぎて、自分の首を締めてしまうという「標準化ゆえの融通の効かなさ」が原因です。
そこに加えて、「標準化」がもたらしたもうひとつの問題としては、「社内に危機管理のプロが育ちにくい」ということが挙げられます。
これはどんな業務にも言えることですが、なぜマニュアル整備や体制構築、研修に力を入れるのかというと、究極的な目的は「誰がやっても前任者と同じような仕事ができるようにさせる」という仕事の均一化です。つまり、危機管理の標準化を進めていけばいくほど、経験豊富な「危機管理のプロ」の必要性が失われていくのです。もちろん、いざ本物の「危機」が発生した時はこのような人たちの経験則、マニュアルにはない状況判断というものは非常に重宝されます。しかし、平時はそれが理解されません。そこで結局、どんどん危機管理とは畑の違う部署などに異動させられてしまうのです。この傾向は「定期異動」のある大企業ほど強くあります。私自身さまざまな大企業の中で「ああ、こういう専門家がいるとこの会社は安心だな」という危機管理の専門家が、2~3年するとまったく関係のない部署や役職に異動させられてしまうというのを何度も目撃しています。その後、さまざまな部署で経験を積んで危機管理担当者になるというケースもありますが、職人的スキルというのも使っていないと衰えていくものです。
今の日本企業で「危機管理は大事」ということを認識していないところはほぼ皆無でしょう。しかし、わかっていても危機管理に失敗してしまう。やらなくてはいけないことをやらず、やらなくていいことに必死で取り組んで炎上してしまうのです。これらの炎上企業の多くも、実はしっかりと危機管理マニュアルや緊急時の体制をつくっています。そのように備えをしているのになぜ失敗するのか。その「敗因」を分析しようと、それらの会社の内情を調べてみると、「標準化ゆえの融通の効かなさ」と「社内に危機管理のプロが育ちにくい」という問題があることは少なくありません
(続く)
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